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一番乗りの行方
地平線からゆっくりと朝を告げる光がもれはじめた頃。

「くわーーーっ!」
カジノの店を出たところで、おれはよくわからない声を発して思いっきり背伸びをした。
ついでに肩もコキコキ鳴らす。
さすがにオールで賭け事すると疲れるよな。
負けるとなれば尚更。
しかし、今日はそんなことどうでもいい。
おれの真の目的はこれからなんだから。


まっすぐ向かうは、このシルバーリーブにある印刷屋。
ドアの前に着くと、人目をはばかりながら(こんな時間に人なんかほっとんどいねーが)、スパイのようにノックする。
ドアの向こう側からは間髪入れずにいつものさわやかな声で若旦那の返事が聞こえた。
「トラップさんですね。どうぞー!」
……あんまり大きな声で名前を出して欲しくないんだが。
おれはドアをひいて自分の体が入るだけの隙間をつくって印刷屋の中に滑り込む。

朝のこの時間は印刷機もフル回転。
そこら中インクの匂いが充満し、規則的な音が響いている。

おれが若旦那に近づくと、若旦那はにっこりしながらいつものやつを手渡してくれた。
おれも何も言わず、いつも通りその代金分のお金を手渡す。
そして黙って目的のものを読み通す。

が、ここからがいつもと違った。
いつもなら、若旦那はおれが「ありがとよ」と本を返すまで黙って印刷機の様子を見てるはずだが、
この日はおれが読み終わると若旦那から話しかけてきた。
「実はですね」
「ああん?」
おれは本を閉じて若旦那を見る。すると若旦那は秘密を打ち明けるように口を開いた。
「今日はトラップさんが一番乗りじゃないんですよ」

なに!?

おれはまさしく目が点になった。

かなり前から「冒険時代」発売日の早朝にはこうして印刷屋に寄って一番に読むのが習慣だった。
いや、別に最初は一番に読みたかった訳じゃねえ。
ただ、誰にもバレないように読むには本屋に並ぶ前がいいって考えただけで。
ついでに言えば、宿に本を持ち帰る訳にもいかねえから、若旦那には「一人でも多くの人に読んでもらった方が
いいだろうから」などと言い訳しつつ、代金はどちらかというと口止め料として渡し、読み終わった雑誌は若旦那に返していた。
だが、一番にあいつの作品を読むってこともできるんだと気づいてからは単に「内緒で読む」という目的だけじゃなく、
「一番に読む」ことも目的に加わり、どんどん印刷屋に向かうのが早い時間になっていったって訳だ。

それが。

一番乗りじゃないだと!?

おれの不機嫌さが表に出たのか、若旦那は多少慌てて笑顔を作ってつけ加えた。
「あ、ほら。まだいますよ」
そう言って、顔を印刷機のさらに奥の方に向けた。
しかしおれの目線には何も入ってこない。
どこだよ、そう言おうとして少し目線を下にした時、足が見えた。
明らかに細くて小さい足が。

「悪いけど、今日はオレが一番だよ」
ようやく障害物がない場所に出てきたそいつは、どうみても10才いくかどうかという生意気そうなガキだった。

「前回の発売日にさ、太陽が出てすぐにここに来て、一番に読ませてもらおうと思ったら、そのお兄さんに
『読んでもいいけど、今日は二番だよ』って言われたからさ。今日は絶対一番とろうって思ってたんだ。よかった、今日は勝てて」

勝ち誇ったようにニヤリと笑って、そいつは印刷機の隣にあるイスにひょいっと腰をかけ足をぶらぶらさせた。
こいつ、それを言いたくておれが読み終わるまで隠れてやがったのか。
訂正。生意気そうな、じゃない、生意気なガキだ。

「あのな。おれはこんなことで一番二番なんて争うようなガキじゃねえの。だぁら、勝ったとか負けたとか関係ねえから」
悔しい思いを顔に出さないようにしながら、おれもニヤリと笑った。
手ごたえのない返事にガキは少し口をとがらせながら聞いてくる。
「ふぅん。じゃあ、なんでこんな朝早く来るの?」
「それはだな。……カジノやってから来るとたまたまこのくらいの時間になるだけだ」
「でも本屋に並ぶ前に読みたいから来るんでしょ? にーちゃんは誰のファンなの?」
若旦那は「お兄さん」で、おれは「にーちゃん」かよ。
「誰とかじゃねえ。『冒険時代』全体が好きなんだ。お子様にはまだ理解できないお話があるだろうけどよ」
話がやばい方向にきそうだったので、おれはさっさとトンズラすることにした。
若旦那に雑誌を返しながら「じゃ、また」と挨拶をし、来た時と同じようにドアを最小限に開けて店を出る。

と、あのガキもおれの後にぴったりついて店から出てきた。
後方の下から視線が刺さる。
「ねえ、なんでそんなウソ言うの?」
「ウソじゃねえ」
「だって、さっきほんの数ページしか読んでないのに、もうお兄さんに本返したじゃん」

……こいつ、ヘンなとこ鋭いな。
おれはこれ以上突っ込まれないよう、振り返って目線を下にやり、逆に質問をぶつけた。

「で、おまえは? 誰のファンなんだよ」

と、それまでの生意気そうな雰囲気が嘘のようにしぼんだ。
「べっ、べっつにー。誰でもいいじゃん」
ほっほー。
「もしかして、あれか? 巻末の4コママンガか?」
おれがからかうように言うと、向こうはムキになった。
「そんなんじゃない! ……ちゃんとしたお話だもん」
「じゃあ、誰か教えてみそ」
すると、ガキはむーっとおれを精一杯睨みつけてからぼそっとつぶやいた。

「パステルっていう人」

おれが息を飲んだことには気づかずに、言葉を続ける。
「最初は、うちのにーちゃんが買ってきた雑誌をパラパラ見てただけなんだ。
でも、そこでたまたま開いたページ読んだら、すごくおもしろくてさ。その後、他のも読んだけど、
やっぱり最初に読んだのが一番おもしろかったんだ。それがパステルって人が書いたやつだったんだよ。
それからはにーちゃんが買ってくる度に読むようになったんだけど、だんだん待ちきれなくなって、
それで印刷屋に行ったら一番に読めるかなと思ったんだ」

「……へぇ」
他に返事のしようがなく、適当な相槌を打つ。
しかし、ガキはさらに勢いづく。
「でさ! この間、印刷屋のお兄さんに聞いたんだけどさ。パステルって人、シルバーリーブにいるっていうんだ!
オレ、全然知らなくてさ。書いてる人にも会ってみたいし、それから、同じパーティにいる盗賊のトラップって奴にも
会ってみたいんだ! もしかして、にーちゃん、知ってる?」

知ってるっつーか、なんつーか……。これも答えに窮し、おれはまたもや逆質問の手を使った。
「それより、おまえは会ったらどーすんだ?」

「パステルにはサインもらってファンですって言う」
「もう一人は?」
「オレ、パステルの書いた冒険読んで盗賊なりたいなって思ったんだ」

おれの心の奥がくすぐったくなる。
「だから……」
おれも「ファンです」とか言われるのか? そりゃ照れくさいな。
などと思っていたら、ガキはほざいた。

「ライバル宣言をする!!」



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