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背中越しの約束
[1]
「ほんっと、ごめんなさい!」
リタが顔の前に両手を合わせて申し訳なさそうに言う。
が、聞いているこっちのメンバーは半分「またか……」という雰囲気を漂わせていた。
というのも、リタが謝っている理由っていうのが

パステルとはぐれた

というものだったから。
いくらなんでも普段だったら住み慣れたシルバーリーブで迷う訳がねぇが、
今日は祭りで人口が倍以上に膨れ上がっている。
中心にある広場にはステージが組まれ、それを取り囲むように出店がひしめきあっている。
さらに、そのすき間を埋めるかのように様々な種族が歩き回り、笑い、大声を出していた。
近くの冒険者もかなり集まってきている。
そんな状況だから、さっきもルーミィが人混みに紛れそうになって、ノルが肩にかついだところだった。
そんなノルを含め、パステル以外のメンバーが会場の端っこの方で一息ついていたところに
駆け込んできたのが、冒頭のリタだった。

リタはおれ達のぬるい反応にも気づかない様子で続ける。
「お水持ってくるからここで待っててね、って言ったんだけど戻ってきたらいなくなってて……」
「お水?」
意外な言葉にクレイが反応する。

リタは腰を90度に曲げて、もう一度、今度は頭の上に手を持っていって合わせた。
「ほんっとにごめんなさいっ! パステル、間違えて果実酒を一気に飲んじゃったみたいなの!
私も全然気づかなくて、気づいた時にはもう、パステルはふらふらになってて……」

おれはそこまで言葉を聞いたところで、会場の渦に飛び込んでいった。
後ろからクレイの「リタが責任感じることはないよ。間違えたのは本人なんだから。とりあえずノル、キットン、
おれ達も手分けして捜そう」という声が流れて、消えた。

屋台にかかっているカンテラは自分のところを照らすので精一杯で、人の歩くスペースはうすぼんやりとしている。
おれは人の壁をすり抜けながら、見覚えのあるシルエットを必死に捜した。
ったく、あのマッパーは何やってんだ!
毎回捜すこっちの身になってみろってーの。
心の中でつぶやいたその時、まさにその見覚えのある髪の毛を束ねた後ろ姿がおれの目にとびこんできた。

「ったく、世話がやけるな」

そう声をかけようとした一瞬前に、その髪の毛がゆらりと揺れて、見知らぬ男の胸の中に飛び込んでいた。

「おっと。大丈夫かい?」
パステルの肩に手を置いた見知らぬ男は、頑丈なアーマーに身を包んだ、どこからどう見てもバリバリの冒険者だった。
遠くて冒険者カードは見えやしねえが、おれより大分上であることだけは確かだ。
背は……クレイくらいか。
鍛えられてはいたがごつくはない体で、肩につくくらいの金髪はいかにもナンパな感じにうねっている。
と、そいつはそのままくるりとパステルの後ろに周り、パステルの肩に置いた手をぐっと自分に引き寄せると
「こっちに行きたいんだね。じゃあ、ついていってあげるよ」などと言いながら、雑踏の中へ消えていく。
「ありがとうございます〜〜」という妙に間延びしたパステルの声も聞こえた……ような気がする。


冗談じゃない。


おれの中の「冷静な思考」はここでブチ切れた。
慌てて、人垣の上にちょっとだけはみ出て見えるアーマーに視線を固定したまま、右へ左へと人をかき分けて後を追う。
その背中に「そいつに何かしてみろ。ただじゃおかねえぞ。」という無意味なメッセージを投げつけながら。

そうして、ようやく追いつき、目の前に再びアーマーの背中がそびえ立った。
変わらず、手はパステルの肩にまわっている。

「おい」
おれはこれ以上ない不機嫌低音声で声をかけ、パステルの肩にかけてるアーマー男の手をぐいと引っ張った。
「おおっと」
ふいをつかれたアーマー男は、手を引っ張られた勢いでこちらを向き、おれの姿を認めるとふっと笑った。
「ずいぶん、無礼な声のかけ方だな。迷子なら他の人に聞いてくれないか。おれは土地の者じゃないんでね」
言い終わると再びパステルの肩をとろうとする。
「そいつをどこに連れていく」
おれは、その手をもう一度振り払おうとした。
が、今度はぐっと力を入れられ、振り払うことができず、再び手はあいつの肩へと収まった。
相手からも笑みが消える。
「おまえに関係ないだろ?」

その瞬間、自分でも声が一瞬つまったのがわかった。

「おれはそいつの……連れ、だ」
おれの()と言葉で、向こうはさっきまでとは別の笑みを浮かべた。
「ふん。連れ、か。曖昧だな。なんにしても、今どうするかはこの子次第だ。おまえは連れと思っていても、
この子はそうは思ってないかもしれないし、連れであったとしても、今は別行動をしたいかもしれない。だろ?」
「ああ、そうかもしんねえ。でも少なくともそいつはあんたと行動したいとは思ってないはずだ」

おれと男との視線が(くう)で交差したその時、ずっと腑抜け状態で立っていたパステルが
いつもの10倍ぐらいの遅さでこっちを向いた。
「あーーーー! 声がすると思ったら、やっぱりトラップだぁ!」
緊張というものが100%抜けてる顔と声とタイミングに、こっちの緊張まで吸い取られる。
ったく、こいつは……。
おれがいつもの調子で説教しようと口を開きかけると、パステルは男の手をすり抜け、ふらふらとした足取りで
おれの目の前に来て、へらっと笑った。
「なんかね〜。旅館の方角がわかんなくなっちゃったの〜。トラップ、一緒に帰ろう〜」

男は、パステルの肩の形のまま宙に浮いていた片手をそのまま降参というように上げた。
「どうやらこっちの負けらしいな」
「悪りぃな」
おれはニッと笑った。
「そんなに大事な連れなら、ちゃんと掴まえときな」
向こうはすれ違いざまにおれの肩をぽんと叩くと、そのまま人混みの中へ消えていった。



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