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感謝の夜
「さっむーーーい」
一気に入ってきた冷気に思わずつぶやいて、慌てて窓を閉じる。
結局、冷気と一緒に入ってきた喧騒だけが耳に残ってしまった。



今日は年に一度の感謝祭。
当然、シルバーリーブも町をあげてのお祭り騒ぎなのだけれど、
うちは相変わらずの貧乏パーティ。お祭りに出ても、何かを買ったりする余裕はないから、
どうせなら逆にバイトして稼いじゃおう!ってことになった。
クレイはレストランのウェイター、トラップは収穫祭に合わせたギフトの配達、
キットンは古本バザーの売り子、ノルはお祭りの会場作り……
と、皆それぞれ臨時のバイトで外出中。
さすがにルーミィとシロちゃんはバイトは無理だし、
かと言ってお祭りの日に部屋でおとなしくしてる訳もないので、
みすず旅館のおかみさんにお祭りに連れていってもらった。
おチビさん二人分のお小遣いぐらいなら出せるしね。


で、その間久々に一人になれるわたしが、部屋で原稿書きに集中する。
……はずだったのだけれど。


隣からも何一つ物音が聞こえず、ベッドからのかわいい寝息すら聞こえない無音の部屋が
思ってもみない程寂しくて、さっきから全然筆が進まない。
思えば、両親が亡くなって冒険者になろうって決めてから、ずっと誰かがわたしのそばにいてくれた。
ケンカすることもあるけど、いつも賑やかで。
そのおかげで、一人でいることの寂しさを感じずにいたんだなって、改めて気づく。

あまりにも心細いから、ちょっとだけ窓を開けてみたんだけど、
寒さと外の賑やかな話し声や歌声が尚更「わたしは一人なんだ」って思わされて、
この世界に自分が一人ポツンと残されているような感覚に襲われて、
余計に悲しくなってきてしまった。
ふいに普段は思い出さなくなってきた両親の優しい笑顔が浮かんできて、気がつくと涙があふれていた。
こんなはずじゃ、なかったのに。







「ひっ! ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

グラッ、ドタッ、バスッ!

突然、首筋に冷たい何かがあたり、びっくりしたわたしは
思いっきりイスに座ったままひっくり返ってしまった。
な、な、何? 一体今何が起こったの?
目をパチクリさせると、赤毛の不機嫌そうな顔が上からのぞきこんでいた。

「おめーな! 驚きすぎなん……ん? なっ、なんだよ。泣くほど頭打っちまったのか?」

トラップは、わたしの涙に気づくと、少し慌ててイスごと起こしあげてくれた。
実際は、涙出るほど頭を打ったというより、逆に出ていた涙も引っ込むぐらいびっくりしたんだけどね。
でも、泣いてた理由を話すのも照れくさいから、トラップには申し訳ないけど、その話題には触れずに話した。

「もう〜っ! びっくりしたじゃないっ!」
「こっちだって、そこまでびっくりしたことにびっくりだ」
「だって、全然気配しなかったよ!」
「そりゃーな。おれを誰だと思ってるんだ」
まぁ、そうなんだけどね。
「で、さっき首がひやっとしたんだけど、何したの?」
わたしが聞くとトラップは目の前で両手をひらひらさせた。
「おれはなー、さっむい外でずーっと配達してたの。
最後なんてノックするのも痛いほどだったんだからな。
ったく、おめぇは部屋でぬくぬくしてていいよな」
「そっか。お疲れ様! でも、もっと時間かかると思ってた。早かったね」
トラップはそれには答えず、ベッドにどさっと身を投げ出した。
「疲れたから、寝る」
つぶやくように言うと本当に目をつぶってしまった。

さっきの冷たい感触はトラップの手だったんだ。
本当に、お疲れ様。
目を閉じたトラップを見ながら、わたしはつぶやいた。
そして。
一呼吸してから、原稿に向かった。
不思議なくらい、心穏やかに集中して。




それから一時間もたった頃。
階下でにぎやかな声が聞こえてきた。
これはおかみさんとおチビ二人だな。
そう思ったわたしは、階段を降りて迎えにいった。
「ルーミィ、シロちゃん。いい子にしてた? おかみさん、今日はありがとうございます」
わたしが言い終わらないうちに、ルーミィはわたしの膝に突進してきた。
「これ、買ってもらったぉー」
あちゃー! 大きなあめ玉をわざわざ口から手に出してるぅ〜。
案の定、手はベタベタ。その横でシロちゃんもご機嫌そう。
そんなルーミィとシロちゃんをながめながら、おかみさんはにっこりした。
「二人共、いい子だったよ〜。
わたしも、小さい子とお祭りに参加するなんてないから、楽しかったさ。
また、いつでも声かけておくれよ」
うわぁ。預けるのが迷惑だったかもしれない……って思ってたから、この言葉は本当に嬉しい!
おかみさんがみすず旅館のおかみさんでよかった!って改めて思っちゃう。
わたしがもう一度お礼を言って、ルーミィとシロちゃんと共に階段を上がろうとしたら。
おかみさんがふいに思い出したように声をかけた。
「そういやさ。トラップは今日何か用事でもあったのかい?
やたら急いで走り回って、終わった後も走って旅館に戻るのを見たもんだからさ」
え?
「用事も何も、帰ってすぐ寝てますけど……」
わたしがキョトンとして言うと、おかみさんは「あぁ、そうかい、そうかい」と大きく頷いた。
そして、わたしの目をまっすぐ見ると
「パステル。あんた達は本当にいいパーティーだね。この出会いを大事にするんだよ」
とだけ言って、部屋に消えていった。

えーーーっと。
それって、つまり。


わたしが考えていると、次々とみすず旅館に入り口に声が聞こえてきた。
「ひやー、本当に今日は寒い!」
「キットン、バザーはもう終わったのか?」
「早く切り上げたかったので、安めの値段でどんどん売りさばきました。
うひゃひゃひゃひゃっ。そういうクレイこそ、早くないですか?」
「客がちょっと落ち着いてきたから、早めに上がっていいかって聞いたら大丈夫って言うからさ。
で、ノルは?」
「おれ、1回顔出して、また会場解体する頃に戻る」

三人は階段で突っ立ったまんまのわたしを見つけると、照れくさそうに笑った。
「ま、なんだかんだ言ってもお祭りですからね」
「そうそう、お金はなくても楽しまないと」
キットンとクレイの言葉を聞いて、ルーミィとシロちゃんは目を輝かせた。
「もう1回おまちゅり〜?」「お祭り、皆で行けるデシか?」
わたしは二人ににっこりと頷いた後、ノルにルーミィのベタベタの手を洗ってくれるように頼んだ。
クレイが
「あ、トラップがまだか?」
と聞いてきたので、わたしは上を指差して
「もう帰ってきて寝てる。今起こしてくるから先に行ってて」
と言って、今度こそ階段を上っていった。



さっきのおかみさんの言葉が蘇る。
ほんと、わたし、ばかだ。
一人になっただけで一人ぼっちの気分になったりして。
わたしには、いつだって皆がいる。

さっきとは別の涙が胸から湧き出そうになるのをこらえて、部屋に戻った。

ベッドには、いっつもいじわるばっかりして、口が悪くて、お調子者で……
でもいざって時にはちゃんと考えてくれてる我らパーティの盗賊が静かに寝ていた。
さっきの手、もう温まったかな。
そうっと、トラップの手に手を重ねてみる。


と、突然、その手が引っ張られて、バランスをくずしたわたしは、
トラップの上に見事に倒れかかった。
すぐ横に満足げなトラップの顔。
「相っ変わらず重いなー。でも、その分やっぱあったけぇー!」
しっ、失礼なっ!!
「人を布団代わりにしないでよっ!というか、寝てたんじゃないの?!」
わたしはなんとか上半身を起こして、枕を投げつけた。
「1階であんだけ皆で騒いでりゃ、起きるっつーの」
右手で枕を防御しながら、左手で大きく伸びをする。
「ふんじゃ、ちょっくらお祭り見てくるか」
そう言って起き上がってドアに向かったトラップにわたしもついていく。
だけど、トラップはふとドアの前で立ち止まって、
顔をドアに向けたまま片手をわたしの方に突き出した。
「なーんかまだ手が温まらねーんだよ」
さっき手を重ねた時はもう温かかったよ……って思ったけど、
今はトラップの言葉を素直に受け取ろう。
そう思ったわたしは、差し出された手を握った。

わたしを真っ先に一人ぼっちから解放してくれてありがとう。

一度もこちらを見ずに歩き始めたトラップに心の中でささやいた。

Fin
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