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On your mark
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「じゃあ、アンドラスんとこ行くか」
夕食後、パステル達をマリーナのところまで見送った後、
そう声をかけてきたクレイに向かって、おれは背を向けて手をひらひら振った。
「何言ってんの、クレイちゃん。おれの夜はここからが本番だってーの」

「トラップは一度、今までの掛け金と戻ってきたお金を冷静に引き算してみたらどうかと思うんですけどねぇ」
キットンのつぶやきも気にせず、おれはエベリン一のカジノの方向へ悠々と向った。
町のはずれにあるが、よく当たるっていう評判だ。多少遠くても行く価値は充分ある。
しかも今夜こそ、大儲けできる気がすんだよなー。へへへ。




くっそーー。
ここ、ぜってぇイカサマやってんに違いねぇ。
そうじゃなきゃ、あそこでまさか4連続も赤は来ねぇだろ。

数時間後、掛け金もなくなったおれは、カジノの片隅にあるカウンターで、
残ったわずかなお金で買った一番安いビールを飲みながら一人ごちていた。


「えーー?! ほんと? 何でもいいの?」
ふいにおれの後ろでテンションの高い女の声が聞こえた。
振り向くと見事なプロポーションと、それを見せつけるかのような露出度の
高い服を着た化粧の濃い女が、隣の金髪男にしなだれかかっていた。
ったく、人がイライラしてる時に。
「うるせぇなぁ」
おれがつぶやくと、金髪男が肩までかかった髪をかきあげながらこっちを向いて口を開いた。
「女性に縁がないからってそんな言い方していると、ますます…」
と言いかけたところでかきあげた手がぴたっと止まる。
「あれ? 君、どこかでおれと会ってない?」
「は?」
「あー!そうだよ、そうそう。えーーっと、パステルちゃん!
パステルちゃんへのおれの投げキッスを踏んづけた人だろ?」
そこまで言われて、思い出した。
「パステルちゃん」なんてヘンな呼び方して、しかもやたら軽いヤツ。
クエスト村とかっていうところの雇われラスボスだった……
「「名前、なんだっけ?」」
おれと同時に向こうも全く同じことを聞いてきた。
「ははは。お互いしゃべったのはほんの僅かだったもんな。
おれはマリアーノ・マクレオ。君は……確かダンジョンで出会いそうな名前
だったと思うんだけど……」
「……トラップ」
「あぁ、そうだ。ごめん、ごめん。おれ、女の子の名前しか覚えないんだよねー」
最初のすました態度はどこへやら、やたら親しげに話しかけてくる。
隣の女は明らかに不機嫌そうだ。
「マリアーノってばぁ! 何でも好きなの買ってくれるっていう話の続きぃ〜!」
「あぁ、ごめんな。じゃあ、これあげるから、何でも買いなよ」
マリアーノは、そう言ってどこからか札束を出し、女の胸の間に挟みこんだ。
「うっわぁ! すご〜いっ!! さすがマリアーノ。愛してるわっ!」
女は途端に最上の笑顔を浮かべて、マリアーノに濃厚なキスをしてから、
もう用はないとばかりに足早に人ごみに消えていった。

「おめぇ、金持ちだったんだなぁ」
おれが感心して言うと、マリアーノはカウンターに肘で寄りかかって
また髪をかきあげた。
「いやいや、今日はなぜかよく当たってさ。
特に4連続赤が当たった時は、たんまりいただけたよ。
やっぱ、あそこで赤に挑戦するのが男ってやつだよね」
「……女の相手やめてまで、おれと話したいことってそれかよ」
「なに急に不機嫌になってるのさ。さては、今日芳しくないんだな?
ま、いいさ。話ってのは他でもない、パステルちゃんのこと。
あれから、ボーイフレンドできたのかなと思ってさ」

それがおまえに何の関係があるんだ……と言いたかったが、ぐっと抑えた。
「あんなチンケな奴にできる訳ねぇだろ?」
「ふぅん……。じゃあ、君もまだモノにしてないんだね」
「おれは関係ねぇ」
おれがそう言ってビールをぐっと飲むと、マリアーノはおもしろそうに覗き込む。
「関係ねぇ、なのかー。おれの投げキッスあんなに丁寧に踏んづけたり、
パステルちゃんを抱き寄せた時思いっきりデコピンしても、関係ねぇ、なんだー」
はぁ、もうこいつと話したくねぇ。
そう思ったおれはビールを最後まで一気に飲み干し、カウンターを離れようとした。
「おっと、待ってよ」
マリアーノがおれの腕を掴む。
「おれと勝負しようよ」
「はぁ? 今日はもう掛け金ねぇよ」
腕を振り払おうとするが、思ったより強い力で掴まれている。
「いや、カジノじゃないよ。足の速さ」
足の速さ?
突如出た提案におれは思わず振り向く。
「そう、いわゆる徒競走。君はシーフなんだろ? だからちょうどいい勝負になると思うよ。
で、おれが勝ったらパステルちゃんを本気で口説く。
ああいう純情タイプ、実は一番のタイプなんだよねー」
振り向くんじゃなかった。
「んなの、つきあってられっか」
おれが再び去ろうとすると、さっきまでの軽い印象が嘘のように消え、
挑むような目線をおれに投げかけてきた。
「じゃあ、不戦勝にさせてもらうよ。明日にでも本気で口説く」
何だと?
おれはマリアーノの挑戦的な視線を跳ね返すくらいの勢いで黙って見返した。

と、マリアーノはふっと体全体から力を抜かし、それまでの軽い調子に戻って
笑顔を浮かべた。
「決まり、だな。このカジノ、町のはずれにあるから裏手が原っぱなんだ。
そこへ出ようぜ」




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