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依頼
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「ええー?! 絶対無理だよぉ……」
わたしの何とも情けない声にマリーナも困った顔。
「うん。パステルがこういうの好きじゃないってこと
わかってるんだけどね……」

ここはマリーナのお店。
実は数日前、マリーナからみすず旅館に手紙が舞い込んだ。
内容は「パステルとトラップに依頼したい仕事がある。もちろん礼金あり」
っていうもの。その仕事がどんな内容かまでは書いてなかったけど、
ちょうど冒険の予定は数日なかったし、「礼金あり」っていう誘惑には
勝てず……いやいや、何より他ならぬマリーナの依頼だったから、
ルーミィのお世話をクレイに頼んで、二人でエベリンに来たん……だけどね。
なぜか、肝心の依頼は一人ずつするってことで、まずはわたしだけが
マリーナのお店へ行って話を聞いてるって訳。

で、その仕事の内容っていうのを聞いてみたら
「依頼者の恋人のフリをして、前の恋人をあきらめさせる」
というもの!
うう……、なんかそれ、わたしの一番苦手分野じゃない?
「他人のフリ」でしかも「恋人」だなんて……。

もちろん、元々はマリーナに来た依頼なんだけどね。
珍しくマリーナが勘違いして、ダブルブッキング……つまり別の仕事も
同じ日程で入れてしまったそうで。
そっちのお仕事は割と難易度が高いから、比較的簡単な
「恋人のフリ」という方の代理を探していたんだけど、日程と年齢が
合う詐欺師仲間がたまたまいなくて、途方に暮れてたんだって。
で、依頼人の条件「17〜18才ぐらい、薄茶色の長い髪、中肉中背」
というのにぴったり合う知り合いとなると……わたしだけ……らしい。
しかもその日程というのが、もう明日!
マリーナが切羽詰まるのもわかるよね。

マリーナはわたしの両手をぎゅっと握る。
「本当にごめん!でもね、基本的に座ってるだけでいいの!
話は全部、依頼人の人が進めるって言ってるから。それに、今回は王女じゃなくて
普通の人だから、いつも通りのパステルでいいから!」
あー、そっか。前みたいに笑っちゃだめ、とか言葉遣いとかそういう制限は
ないんだよね、今回。
座ってるだけならできるかなぁ。
そんなことを色々頭で考えてたら、マリーナは断られると思ったのか
握った手の力を緩めて、下を向いた。
心なしかピンクの前髪もしょげているように見える。
「……やっぱ、ダメ、だよね……」
「え?!ううん!ダメじゃないよ、ダメじゃ」
思わず言ってしまう。
うん、でも王女役に比べたらなんとかなりそうな気がしてきた。
…単純かな?たはは。
「え?ってことは……」
「うん。やってみる」
「……大丈夫? 無理してない?」
なおも心配そうなマリーナ。
「うん、無理してないよ。ただ、本当に座ってることしかできないけど……」
そこまで言うとようやくマリーナにも笑顔がでてきた。
「本当? ありがとう!!うん、座ってるだけで大丈夫!
依頼人にもちゃんと話すから。それに、いざと言う時のために
人もつけておくから、困ったら合図で助けを呼んでくれればいいから!」
「人?」
「そ。そういう時の切り抜けがうまい人が同じパーティにいるでしょ」
パチンと上手にウィンク。
なるほどー。それで、今回の仕事はわたしとトラップのご指名だったのね。
あれ? でも。
「じゃ、なんで依頼内容を一緒に聞いたらだめなの?」
今話した内容で、トラップに聞かれたら困ることなんてないと思うんだけど……。
「話す内容は同じなんだけどね。まずはパステルの意見をちゃんと聞いてから
じゃないと、アイツのペースでパステルがやるって言ってもだめになっちゃう
かもしれないから」
「え?わたしがやらないって言っても、トラップがやるって言うんじゃなくて?」
どう考えてもそのパターンだよね。報酬第一の人だもん。
「うん、まあ、どっちにしろ、とにかくパステルだけの意見をまずは
聞きたかったんだ。……でも、よかったぁ。これで断られたらどうしようって
思ってたんだ」
そう言って笑うマリーナは相変わらずかわいかった。


その後、トラップとマリーナが話す間、わたしは市場でぶらぶらして時間を
つぶした。
実は、お店を見てる時間より迷ってる時間の方が長かったんだけど、
それはマリーナにもトラップにも内緒。

マリーナのお店に戻り、ドアを叩きながら声をかける。
「パステルだけどー。もう、いいかなー?」
すると、すぐにドアが開いてマリーナが顔を出した。
「うん!もう話は終わってるから、どうぞー!」
家に入ると奥ではトラップが机に足を投げ出して座っていた。
……なんか不機嫌?

わたしの顔を見ると、ますます不機嫌そうになり立ち上がった。
「んじゃ、おれはアンドラスんとこ行くわ」
「ええ?! もう? あ、明日の打ち合わせは?」
慌てるわたしを尻目にドアに向かう。
「んなの、ねえだろ。おまえが失敗しなけりゃ、俺の出番はないんだし」
言いっ放しで出て行ってしまった。
な、何なの一体!
困ってマリーナを見たけど、マリーナは全然気にしてないって感じ。
「ごめん、ごめん。トラップが機嫌悪いのは、わたしのせいだから。
大丈夫。アイツは絶対、明日パステルのこと、ばっちり見守ってるから」
うーん、どこからそんな自信が出てくるのかよくわからないけど、
でもマリーナにそう言われると安心しちゃう。
「それより、もう少ししたら依頼人が来るから、心配なことあったら
何でも聞いてね」
机の上のカップを片付けながらマリーナが言う。
そうだ、そうだ。トラップの心配より、まず自分の心配しなきゃ!

2へ続く
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