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出会いへの助走
ちぇ。
学校の宿題なんて、おれには関係ねえのになあ。
だってよ、もう少ししたら冒険者になるんだぜ。
そしたら父ちゃんみたいにガンガントラップ見破って
んでクレイがザックザック敵を切り倒して
お宝頂戴する訳よ!
くーーーっ! わくわくするぜ!!
そんなのに計算も文法も関係あるかよ!

……そんなことを机に座って考えてたら余計に宿題なんて
どうでもよくなってきた。
おれはいつものように机近くにあるカーテンと出窓を開け、
そっと裏庭に飛び降りる。
へへ。

成功と思った瞬間、隣の窓ががらっと開いた。
「トラップ!何やってんの!!宿題やったの?!」
あっちゃあ。
母ちゃんってなんでいっつもおれが抜け出すのわかるんだろ。
そんな疑問を持ちつつも、おれは一目散にダッシュした。
母ちゃんのお小言はまだ続いていたけど。
母ちゃん、ごめん! 後でやるからさ。

おれはそのまま全速力でいつも通り、クレイのお屋敷に向かった。
が、その最後の角を曲がろうとした時、その先から女の声が聞こえて
思わず立ち止まった。
「……クレイ! だからね、この際ちゃんとはっきりしときたいの。
ここにいるわたし達の誰が一番好きなの?!」
なーんか、やばいとこ来ちゃったかな。
クレイの
「エルザ、えーっと、だからこの中で誰が一番とかって僕には
決めれないよ」
という困ったような声が聞こえる。
しかしこういう時の女は強い。
残りも次々と加勢する。声からするとシーラとエレニだ。
「どうして? クレイが決めてくれないとわたし達も困るのよ」
「そうよ! みんなが好きなんて答え、ズルイわ!」
うへぇ。
これだから女ってーのは困るんだよな。
集団できやがって。
こりゃ、クレイが切り抜けるのは大変そうだな……と思ったおれは
悠々と角を曲がり、一喝してやった。
「おいっ! クレイはおまえら全員好きじゃねえから答えられねえんだ。
そんくらいわかれよな!」
でもそのセリフを言い切ったところで、おれはひるんだ。
声が聞こえてこなかったから、気づかなかったけど
ウェンディがいた。
なんだよ。なんでアイツまでいるんだよ。

突然出てきた援軍に女子はさすがにひるんだのか、うっと詰まったようだったが
リーダー格のエルザはおれを睨みつけた。
「なっ……。失礼ねっ! モテないからってひがんでるんでしょ!!
いいわよ。今日はもう帰るから!」
と言い放った後、他の女子にも声をかけ次々と駆け出していった。
ウェンディはおれと目線を合わせると赤くなった顔をすっと下に向け、
同じように背中を向け駆け出していった。

いっつもおれと話してたウェンディ。
いっぱいからかったりもしたけど。
おれがクレイとの小さな冒険話をする度にいっぱい笑ってくれて
おれはその笑顔を見るのがすごく楽しみだったんだ。
でも…そうかよ。
その笑顔はおれのためじゃなくて、クレイのためだったんだな。

「トラップ、ありがとう。急に皆で来てさ、まいってたとこなんだ」
クレイが心の底からほっとしたような顔をして声をかけてきたけど、
おれはぶっきらぼうに
「今日は帰る」
とだけ言って、また角を曲がり、来た道を全速力で走った。
傾きだした太陽で伸びてきた自分の影を踏みながら。


いつからだろう。
昔は何にも考えず毎日クレイと遊んでたのに、気づけば
あいつはどんな女の子も振り向くぐらいかっこよくなっていて
その上、気配りや正義も持ち合わせていて……そんなあいつを
チクショー!と思うようになったのは。

だけど。
口になんか絶対出さねえけど。
同じくらい「どうだ、おれの親友すごいだろ!」って誇らしくも思う。
だから、おれはこんなことでは泣かねえ。
そうだよ。
別にウェンディが好きだった訳じゃねえ。
おれは女なんか本気で好きになんかなんねえし!
どうせもう少ししたら冒険者になるんだから、女なんか好きになってる
場合じゃねえんだ!


歯を食いしばりながら走り、家の前までたどり着く。
と、そこには洗濯物を取り込み終わったマリーナがいた。
「どうしたの? さっき脱走してクレイん家行ったんじゃないの?」
……行き先もバレてたか。
「……なんでもねえ」
「ふーーーん。その感じだとまたクレイとケンカした?」
あぁ、いっそケンカの方がよかったかもしんねえな……おれはそう思いながら
なんとなく宣言したい気持ちになった。
「おれさ、パーティ組む時は男だけにしとく」
「は? 何それ、突然」
「クレイと一緒にパーティ組む限り、女入れると面倒くせえから」
そこまで言うと、勘のいいマリーナはそれなりに状況が読めたようだった。
「なるほどね……。ま、いいんじゃないの、その方が」
洗濯物の入った籠を脇に抱え直すと、思いついたとでも言うように
つけ加えた。
「でも、もしもクレイになびかない女の子がいたら、ありなんじゃないの?」
冒険でパーティ組んだらずっと一緒なんだぞ。
なびかねえ女なんているのかよ。
そんな状況は考えつかなったので、曖昧に返事をした。
「あー……さあな」
そんなおれの返事をほとんど聞いていないのか、独り言のように
マリーナが続ける。
「でも、そしたら、トラップがその子のこと好きになっちゃうかもね」
「は?」
「ふふふ。なんとなく」
何言ってるんだか。
とにかく、口に出して言ってみたら、ますます早く冒険者になりたくなった。
血湧き肉躍る戦いと罠とお宝!
そうさ、こんなことでへこたれてなんかいられねえ!

おれは母ちゃんのカミナリをちょっとでも減らそうとマリーナの洗濯籠
を持ってやって、家に入っていった。
マリーナがわざと大きい声を出す。
「母さーん! トラップのご帰還よー!!」




女……いや、マリーナの言うことはあなどれねえ、と気づいたのは数年後の話。


Fin
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