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シチューの勇気
[1]

カタン……。

やっぱりか。
おれは隣の扉の音を聞き、小さく溜息をついた。
クレイとキットンは既に寝息(というかいびき)をたてていたが、
おれは今日のことが気になって隣の部屋に神経を集中してたら
寝れなくなっちまった。
そしたら案の定、あいつも寝れねえらしい。
まったく……どこか行くとなったら、おれが様子見るしかねえじゃねえか。



ま、ことの起こりはってえと……おれなんだよな。
今回に関しては逃れようがない。おれが悪いよ。
昼間におれの親衛隊ってやつが、夜皆で食事作るから来いっつったんだよ。
断る理由はねえし、かと言って自分一人で行くのもなんつーか
あいつの手前したくなかったつーか……まぁいい。
とにかくどうせならパーティ全員で食べれば夕飯代も浮いて
うちの財政担当も喜ぶだろうと思って
「だったらパーティ全員で行こうぜ。メシ代浮くし」
て言った訳よ。

で、行ったはいいが親衛隊のメンバーはメシ持ってくる度に
「おいしい?」
って聞いていて、それをまたよせばいいのに
「やっぱ手の込んだ料理はうめえよなぁ。
いつもの貧乏料理とはえらい違いだな」
とか言っちまうんだよな、おれは。
でもま、そのくらいの軽口はあいつも慣れてるし、
どうってことないだろと思ってたんだよ。
だけど、その後がまずかった。
親衛隊のねーちゃん達が隣のパステルに聞こえよがしに
「やっぱりー? トラップがいつも食べてるのって粗食でしょ〜?」
「そうそう。冒険先だとただ焼いただけとかなんでしょ?」
「こんな手の込んだシチュー、絶対トラップは普段作ってもらってないと思ったんだ」
「やっぱり“おふくろの味”を感じる料理作れないとダメよね〜」
なんぞと言いやがった。

もちろん、あいつらはパステルの「おふくろ」が14の時に亡くなってる
なんて知らずに言ってるに違いない。
だから、おれは親衛隊のメンバーを怒ることもできず、かと言って
その場でパステルをフォローするかっこいい男を演じられる訳もなく、
ただ黙って食うしかなかった。
わかってる。
こんなとこに連れて来たおれが悪い。
親衛隊にあんなことを言わせるような軽口を叩くおれが悪い。
んで、フォローもできないおれが悪い。
だけど……それがおれなんだよな……。ほんとしょーもねえよな。

しかもこっちの会話が聞こえてなかったのか、向こう側に座ってるクレイとキットンは

ノー天気に「おいしいな」「いやはやほんとに!」などと追い討ちかけてやがるし。 お前らな!おれじゃ、あいつを励ますことできねえんだよ!
そういう役目はお前らだろ?!……ったく、追い討ちかけてどーすんだよ!
おれは自分の言ったことも棚にあげて理不尽な怒りを溜め込んでいた。


そして、隣のパステルは……わかりやすい程に落ち込んでいた。

それは旅館に着いても変わらず、おれはイヤな予感がして
布団に入ってからも隣の部屋が気になってしょうがなかった訳だ。





階段を降りる音がした後、そっと後を追って降りると
あいつは台所に入っていった。
……大体あいつの考えてることはわかるぞ。
今日のシチューを再現しよう、とか
「おふくろの味」を作ってみようとか
大体そんなところだろ。
……ったく、なんでおまえはそう行動が単純なんだよ。

……なんで、そうやって考え込んじまうんだよ。

おれは台所の入り口の廊下脇にそっと座り込んで
あいつがなるべく静かにやっているんだろうっていう小さな包丁の音や
火をつける音を聞いていた。

……って、おれは何やってんだよ!
今、出て行って一言
「本当は親衛隊が作った料理よりおまえの料理の方が好きだ」
とか
「母ちゃんの味よりお前の味の方がおいしいぞ」
とかって言えば、済むんだよな。
わかっちゃいる。わかっちゃいるが、そんなセリフを
おれが言ってるところを想像すると……だめだ! ありえねえ!
ガラじゃねえんだよ!
そーゆーこと言うのは昔っからクレイって決まってんだ。

あーだこーだと一人格闘している間に
結局あいつは料理を作り終えてしまったらしい。
そっと入り口から覗き見ると味見をしているところだった。
が……、その後に見えたのは震える肩とその肩と口を押さえるように
して回された腕。
あいつ、泣いてる……?
そう思った時には何も考えず、入り口に立っていた。
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