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ささやかな望み
それは、おれがちょうど部屋を出ようとした時だった。

コンコンッ

同い年くらいの見知らぬ男がパステル達の部屋をノックしていた。
冒険者ではなさそうだ。
つーかなんだよ、コイツ。
「そこの部屋に用事あんの?」
おれが聞くとへらっと笑いながら
「あ…はい。出かけてるんですか?」
と聞き返してくる。
「当分帰ってこないぜ。連れだから用ならおれが受けとくよ」
おれはなんとなく「連れ」という部分を強調してみた。
ふん。それくらいいいよな。
だが、そいつはそんなこと気づいちゃいない様子で
「いや、お礼をしたいので……また明日きます」
とへらっとした笑顔のまま階段の方へ向かった。
が、階段を降りる直前に立ち止まりおれの方に顔を向け
今度は笑顔なく言った。

「……で、連れってことは彼氏なんですか?」


[1]
その日、パステルが帰ってくるまでおれはさっきのことを
思い出しては不機嫌になっていた。
あんな名前もわからないようなヤツにまでなんでおれは
動揺するんだよ! さらっと
「それがあんたに何の関係があるんだ?」
くらいに切り返せば済むのに。つーか、相手がパステルじゃなきゃ
それっくらいのこと言えるはずなんだよ。
なのに……。
真っ赤になったのは自分でもわかった。最近この件じゃ
顔色もコントロールできなくなってきてやがる。
あげく
「違ぇよ」
しか言えなかった……。
ヤツはヤツでふっと笑って
「あぁ、そうですよね。違うお部屋ですし。……では」
だとっ!!
あぁっ! むしゃくしゃするっ!!

そんな風に部屋で一人イライラしてるうちに階段を上がる音がした。
ま、盗賊のおれ様にかかれば、その音が誰のもんかはすぐわかる。
おれは部屋を出て行き、ちょうど階段をあがりきったパステルに
声をかけた。
「おい」
「あ、トラップ! どしたの?」
話しながらもドアを開け部屋に入るので、おれはそれに続く。
「さっきな、お前の部屋ノックしてた男がいたぜ」
「ふ〜ん、トラップの知らない人ってこと?」
「そ。結構爽やかでかっこいいヤツだったけど、いつの間に
おめぇあんな男ひっかけたの?」
おれなりの精一杯のさぐりがこれかと思うと自分自身やんなるよな。
案の定パステルはむくれている。
「そんなことする訳ないでしょっ!! ほんとにもう…。
でも誰なんだろ?」
「なんか『お礼をしたい』とか言ってたな」
「…ああ!! じゃあ、きっとモストだ!」
「誰だ、そりゃ?」
知らない男の名前を出されて(知らないヤツなんだから当たり前なんだが)
明らかに不機嫌な声になってしまった。
が、毎度のように向こうはそんなことにゃ気づいてない。
「昨日買い物行った時にね、道聞かれたのよ。」
ぶはっ! おれは一瞬で不機嫌も吹っ飛び、素でふいてしまった。
なんつー人選ミスしてんだ、そいつは!
横目でおれの笑いをニラみつけながら、話を続ける。
「……で、まぁ予想通りあっちこっち行っちゃったんだけど、
最終的にはちゃんと案内したの!」
「くっくっくっ。そいつもまぁかわいそうに」
おれは本心から言った。……が、待てよ?
「ほんで、道案内しただけで名前言ったのかよ?」
「あ、ううん! 無事着いた時に『ノド乾いたからお茶でも
しましょう。おごりますから』って言われたからお茶してきたの。
その時お互いの話したから」
瞬間、おれは目の前のこいつとさっきのあいつが楽しそうに
お茶している風景をまざまざと想像してしまった。
……前言撤回! 何が「そいつもかわいそう」だよ!

「あのな! そーゆーのをナンパっつーんだよ!」
きっと今のおれはそうとう不機嫌顔に違ぇねぇ。
というか、そろそろなんで不機嫌になるのか気づけってーの。
なのに当の本人は
「え? そうなの……? ……そっか……言われてみればそうかも。」
だと。
「大体なんでこの旅館まで知ってるんだよ」
「う〜ん……。あっ、そうそう。この町で一番安い旅館に
泊まってるって言ったからかな」
……。
誰かこいつに“警戒”って言葉を教えてやってくれ……。
「……パステル。確かにおめぇは出るとこでてないお子様体型だけど
一応女なんだってこともうちっと考えろよ」
「な、何よぉ! そんなことわかってるもん」
「ほんとか?」
「うん」
「じゃあ、たとえば……」
そう言うとおれはふいにパステルのあごに手をかけた。
ふっと顔を寄せる。

寄せた先には、あまりにも予想通りに目を見開いたまま
硬直してるパステルの顔……。

ふっ……ほんとにまったく。
「ほらな。おめぇってスキありまくりなの」
手も顔もぱっと離し、ドアの方へ歩き出す。
後ろからは蒸気と噴火がおこってるのが目に見えるようにわかる。
「ばかばかばかばか、バカトラップーーーーッ!!」
ばかでもなんでも。
おれはこういうことをできる今のポジションが楽しいんだよ。
そんで、それを誰かにとられたくはないんだよ。
今はそれ以上望まないから、許せ。

後ろからは相変わらず
「もうっ! ちょっと!! 聞いてるのっ?!」
とぷんすかした声がするが、おれは構わずドアに手をかける。
そして
「あ、そのモストだかミストだかってやつ。明日来るってよ」
と言いたくもない伝言を残して部屋から出て行った。
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